がん治療革命
「副作用のない抗がん剤」の誕生
奥野修司・著
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163903880
(定価:本体1,500円+税。 発売日:2016年11月09日)
からの抜粋。

奇跡の抗がん剤は、忘れられていた薬だった
『がん治療革命 「副作用のない抗がん剤」の誕生』 (奥野修司 著)
聞き手「本の話」編集部

抗がん剤の開発はいまや世界的に頭打ち状態。

新薬は30万ドルに達する勢いで値上がりを続け、いかに副作用を少なくするかで各社競い合っています。

流行の分子標的薬も、高額のわりに狙い撃ちできるものは少ないようです。

そんな中、著者の奥野さんは、がん治療の歴史を塗り替える画期的な抗がん剤に出会いました。
『がん治療革命 「副作用のない抗がん剤」の誕生』 (奥野修司 著)

――本書を書こうと思ったきっかけは。

5年ほど前から「なぜ抗がん剤は効かないのか」というテーマで取材をしており、前田浩先生(熊本大学名誉教授・崇城大学DDS研究所特任教授)に話をうかがったのがきっかけです。
先生は80年代に開発が進んだ、腫瘍だけに薬剤を届ける「DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)」の提唱者。

「いますごい抗がん剤を開発している」とおっしゃるので、半信半疑で取材を始めたんです。

先生は腫瘍を取り巻く血管が穴ぼこだらけであるのを発見し、その腫瘍だけに薬剤が留まるよう、既存の抗がん剤を高分子にくっつける「P-THP」(Pはポリマー、THPは抗がん剤の「ピラルビシン」)を開発中でした。

P-THPによる治療が始まってしばらくした頃、肺がんでステージ4の瀬山さん(本書第1章に紹介)が寛解に至ったという朗報が入ってきました。

P-THPの効果が表れた人の9割近くがステージ4の患者ばかりです。

余命数ヶ月と言われた人が、普通に生活しながら、2年3年と延命している事実、また寛解に至る患者さんの例を間近に見て、本当に驚きました。

*CT画像で腫瘍だらけだった瀬山さんの肺からは、白い影がすっかりなくなっていたのです。

――約3年間にわたる取材で、取材データは分厚いファイル40冊分にもなったとか。

前田先生は海外での論文引用数もトップクラス。

2011年には優れたがん研究者に与えられる「吉田富三賞」を、

今年は「トムソン・ロイター引用栄誉賞」を受賞し、ノーベル賞候補にもノミネートされています。

生物学や医学の知識がなければ、先生に太刀打ちできないので、論文や専門書を必死で読みましたね。

本書では開発された抗がん剤の話だけでなく、なぜ人はがんになるのか、なぜ抗がん剤が効かないのかといったメカニズムについても理解できるよう、わかりやすい解説を心がけました。

――ずばり、P-THPの画期的なところは?

それは副作用がないことです。普通、抗がん剤治療を受けると食欲が激減したり、髪の毛が抜けたり、嘔吐などの副作用に苦しみます。
しかし、安全性試験を受けた患者さん120人超のうち、約30人の患者さんにお会いしましたが、巻末附録2に登場する山中寛さんの特異な例を除いて副作用があったという人はいませんでした。
あったとしてもお腹がちくちくするとか、鬱っぽくなる程度で、従来の抗がん剤の副作用とは比べものにならないレベルです。

副作用がないので、放射線治療や重粒子線治療も同時に併用できます。これはがん治療にとって非常に画期的です。
現状では放射線治療を行うと、数ヶ月は抗がん剤治療ができません。免疫が落ちているところへ、さらに免疫が落ちる治療を行うと、命を落とす危険があるからです。
従って通常は身体の回復を待ってから抗がん剤を投与しますが、回復を待つ間に腫瘍が大きくなる危険性もある。

しかし、P-THPなら副作用がないので、同時併用できるんです。こういう抗がん剤はおそらくP-THPが初めてだと思います。

――どのがんにも効くのでしょうか。
すべてのがんにオールマイティに効くわけではありません。

前立腺がんや乳がん、卵巣がんなどホルモン依存性がんにはよく効くことがわかっていますが、

胃がんや肺がんなど、効果が未定のものもあります。

卵巣がんで腹膜播腫になった場合、外科手術では取りきれないし、普通は抗がん剤治療も効果は限定的ですが、このように散らばったがんにP-THPはよく効きます。

――抗がん剤治療を行うと、食欲がなくなり、痩せ細って苦しむというイメージがあります。

P-THPの場合は、なぜかほとんどの人が治療を受けたその日のうちに、近くのラーメン屋や焼き鳥屋に食べに行っているんですよね。

なぜか分かりません。でも腫瘍はちっとも縮小していないのに、みなひとしく食欲が増進しているんです。食欲があるのとないのとでは予後がまったく違いますので、身体への負担を考えると驚くべき効果です。

また先日の朝日新聞で、65歳以前でがんになると、多くの人が勤め先を辞めさせられるという記事が出ていましたが、

P-THPなら副作用がないので、治療を受けながら仕事が続けられます。

本書で紹介した瀬山さんは治療中も大学の教壇に立っていましたし、馬庭さんや河野さんも畑仕事も続けていました。

仕事を続けられることは、すばらしいと思います。

――しかし、すごい抗がん剤なら、とうの昔に実用化されていたのでは?

まず言えることは、前田先生が用いている抗がん剤が、特許が切れた抗がん剤だということです。

これでは製薬会社にとって大きな利益にはなりません。製薬会社は大きな利益をあげる薬の開発には巨額を投じますが、そうでない薬には見向きもしません。

それから、いまの抗がん剤市場は免疫治療の分野に莫大な支援金が流れており、治験も全世界で200くらい行われています。

いっぽう、EPR効果(※高分子は正常な血管壁から漏れず、腫瘍の血管壁からだけ漏れて腫瘍の組織内にとどまること)を使ったDDS製剤は一時期非常に注目されたものの、あまり大きな効果をあげておらず、どちらかというと失敗した治療法と思われてきた経緯があります。

いま主流の、がん細胞の表面にあらわれたある種の遺伝子やタンパク質を攻撃するといった分子標的薬などに比べれば、

P-THPが効くメカニズムは超アナログ的で、今の流行からは外れています。

製薬会社にすれば、そこへ巨額の投資を行うのはリスクが高いんです。

日本でひとつの治験を行うのに、10億~20億円はかかると言われますから。そういった背景が薬の開発を阻んできたのは否めません。

――がんを根治できなくても、普通の生活を送れることを喜ぶ患者さんの証言が印象的でした。

本書で紹介した山本さんは夜、自ら歩いてトイレに行ったあと、ベッドでそのまま安らかに亡くなられたそうですし、森山さんも大往生を遂げられました。苦しまずに最期を迎えられたことを、奥様方が何よりも喜んでいらっしゃいましたね。

ある60代男性は、肺がんが進行していましたが、転移が見当たらなかったのでP-THPの治療を受けたところ、

5回目でかなり腫瘍が縮小したそうです。

残りを手術で切り取り、いまのところ肺はきれいな状態で「寛解」。

また、ある胃がんの70代男性は、手術で腫瘍を取りきれなかったので、処方されていた抗がん剤をやめ、P-THPの治療を6回受けたそうですが、がんはきれいに消え、いまは「寛解」とのこと。

紙幅の関係で本書では紹介できませんでしたが、寛解になった患者さんは他にもいらっしゃいます。

抗がん剤が効かなければ、ただひたすら苦しいだけですが、

P-THPにはそれがない。

腫瘍を根絶できなくとも、最期まで元気でいられるのが特徴です。

ご本人にとってはもちろん、ご家族にとっても大きなメリットがある薬ではないかと思いますね。

現在、P-THPは生産システムの問題で数が限られており、多くの方に治療を受けていただくのが難しい状況にあります。今後はより多くの安全性試験を行い、製薬会社と提携して、どの病院でもこの薬を使えるようにしていくというのが目標です。

http://hon.bunshun.jp/articles/-/5347